[ショートストーリー] 地球を壊滅させたウナギ

鰻のショートストーリー

「やれやれ、なんとか大発明が完成した」

小さな研究室のなかで、エフ博士は声をあげた。それを耳にして、おとなりの家の主人がやってきて聞いた。

「なにを発明なさったのですか。見たところ、鰻重のようですが」

そばの机の上に大事早々に置いてある品は、大きさといい形といい、鰻重以外のなにものでもない。

「たしかに、鰻の蒲焼とアツアツご飯の入った重箱だから鰻重だ。しかし、ただの鰻重ではない」

と、博士は重箱の底をあけて、持ち上げてから指さした。電気部品が、ぎっしりとつまっている。おとなりの主人は、目を丸くして質問した。

「すごいものですね。これを使うと、いつでもホカホカの鰻重を食べることができるのでしょうか」

「や、もっと人類に役立つものだ。重箱の中を立体的にコピーするしかけ。つまり、重箱の中に収納された鰻の蒲焼とご飯が、3Dプリント技術を使って、一晩経過している間に、倍増してくれるというわけだ」

「なんだか嬉しいお話ですが、倍増ということは単なるコピーではないのですか」

「これはまだ試作品だから、鰻の蒲焼と認識したものをコピーするだけだ。つまり重箱からはみ出てしまう訳だが、一晩すれば鰻の蒲焼は倍になる。食べ忘れると翌日には重箱から一食分はみ出すことになるが、いずれ改良できるだろう」

「驚くべき発明ではありませんか。この重箱さえあれば、なんでも翌日には倍になるのですね」

おとなりの主人は、ますます感心する。博士は、とくいげにうなずいて答えた。

「その通りだ。近ごろは鰻の蒲焼が高騰している。鰻を食べたい人たちが、買いたがるだろう。おかげで、わたしも大もうけができる」

「ポケットの中のビスケットだって、叩かないと増えません。本当にウナギの蒲焼がいくらでも食べることができるなら、だれもが欲しがるにきまっていますよ」

「もちろん、わたしの設計に問題はないはずだ」

おとなりの主人は、それを聞きとがめた。

「というと、まだたしかめていないのですか」

「ああ、この重箱でコピーできるのは甘口のタレの蒲焼だけなのだ。しかし私はアッサリした味が好みだ。だから、自分でたしかめることが、できないのだ」

と、博士は少し困ったような顔になった。おとなりの主人は、恥ずかしそうに身を乗り出して言った。

「それならば、わたしに使わせて下さい。私は甘口のタレの鰻重が好きです。小骨は苦手ですけど、毎日食べることができるという魅力があれば我慢できます」

「いいとも、やややれ。幸い、小骨は自動除去装置を内蔵してある。こうすぐに希望者があわられるとは、思わなかった」

「どのくらい、毎日食べることができるでしょうか」

「一か月くらいで、エネルギー変換装置が寿命になるはずだ」

「ありがとうございます」

と、おとなりの主人は、新発明の重箱を持って、うれしそうに帰って行った。

しかしその後で海外出張して国際学会へ出席していたエフ博士だが、帰国する前に電話がかかってきた。

おとなりのご主人だったが、彼の声は緊迫していた。

「博士、重箱のコピー機能を停止させることは出来ないでしょうか」

しばらくの沈黙の後、博士は返事をした。

「ううむ、それは試作品なのでオン/オフ機能は付けていないのだ。どうかしたかね」

「いや、博士が悪いのではありません。私が欲ばったのが、よくなかったです」

御主人は、すまなそうにいった。

「実は重箱の中とか外に関係なく、ご飯としてまとまっていれば全体コピーできることが分かりました。それで大勢と鰻重を分け合おうと思って、そのまま様子見してみたのです」

「ふむ、それで」

「単純なことです。うな重は倍の倍の倍といったように増え、もはや私たちの住んでいた県は鰻重で地面が見えなくなってしまいました。明日は日本中が鰻重で埋め尽くされるでしょう」

博士は、呆然とした面持ちになっていた。ふとTVを見ると、何やらレポーターが熱心に鰻重を指して英語で説明している。

… そして数日後、地球は鰻重に埋め尽くされ、人類は最後の時を迎えた。

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記事作成:よつばせい